じゃあなんでキスしたんですか?


「悪いな桐谷」
 
艶のある声に意識をうばわれる。
 
エースの背後から現れた長身の男性が、ふたりのあいだに割り込むように立ちふさがる。

「俺が先に見つけたんだ」
 
そう言って、森崎さんはわたしの肩を抱き寄せた。
力強い手の感触に、わけがわからないまま立ち尽くす。
 
短い沈黙が、三人のあいだを漂うと、

「やっぱりな。聞いてると思った」
 
桐谷さんは皮肉っぽく笑った。

「俺とふたりきりにしたら、気が気じゃないっすもんね、森崎課長」
 
わざとらしく言い、「あーあほらし」と背中を向ける。

それからドアに向かって歩きかけ、「あ、そうそう」と振り返った。
その目に悪戯っぽい光を映して、エースはわたしを一瞥してから森崎さんに目を向ける。

「もう気づいてると思いますけど、そいつ固すぎて、結局食べられませんでしたから、俺」

いっそ清々しいほど不健全な笑みを残して、桐谷さんは会議室を出ていった。
その後ろ姿をぽかんと見送ってしまう。

いったい何が起きたのか、理解しようにも頭がまったく働かない。

「あ、あの……」
 
肩に触れた大きな手の感触に緊張しながら、わたしは森崎さんを見上げた。
 
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