じゃあなんでキスしたんですか?
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外商部がある六階のエレベーターホールには、隅っこに透明のガラスで仕切られた喫煙ルームが設置されている。
自動販売機を門番のように従えたそのガラスのブースは、もともとは隔階にあったらしいけれど、喫煙人口の減少とともに見直しが検討されて、いまでは六階のここにしか残っていない。
ブースのなかは意外と広く、真ん中には最新型の吸煙機が部屋の主のように鎮座していた。
こんなところにお金を使うくらいなら、あのエレベーターを何とかしたほうがいいのに、というのが正直なところだけど、それだけ六階で働くひとたちの会社への貢献度が高いということなのかもしれない。
廊下の白い床に、窓から差し込んだオレンジ色の光がじわじわとにじんでいく。
定時間際のこの時間にわざわざ煙草を吸う人間はひとりもいなかった。
外回りから帰ってきたばかりの、彼を除いては。