じゃあなんでキスしたんですか?

 
通されたのはリビングだ。
 
桐谷さんの部屋よりもわずかに広いその空間には、必要最低限の家具しか置かれておらず、モデルルームのようにきれいで、あまり生活感がない。

物珍しくてつい視線をさまよわせると、彼がちいさく笑った気がした。

「こっちの部屋ははじめて、か」
 
そう言ってから、しまったというように口を結ぶ。確かに、よりによって寝室にばかり入り込んでるなんて、われながら恥知らずな女かもしれない。

「きれいにしてるんですね」
 
わたしが言うと、森崎さんはゆっくり首を振った。

「掃除が面倒だから、あんまり物は置かないことにしてるんだ」
 
ソファを指さす彼にしたがって、おずおずと腰を下ろす。

「あの、それで、話したいことって」
 
わたしが切り出すと、森崎さんは何故かばつの悪そうな顔をした。キッチンのほうへ歩きながら、思いついたように言う。

「ケーキ、食べるか? うまいって評判の店のがあるんだ」

「え、あの」

「あ、それとも小野田は酒のほうが」
 
ぴたりと動きを止めて、「いや、ちがうよな」と頭をかく。
 
どうしたんだろう。
 
森崎さんが、めずらしく挙動不審だ。 
 
黙っていると、彼はフルーツがたっぷり入ったロールケーキと紅茶を出してくれた。

クリームの詰まったまんまるのそれを眺めながら、思わずつぶやく。

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