じゃあなんでキスしたんですか?
「プライベートなことで意識しすぎて、仕事でつらく当たるんじゃ、かえって公私混同と同じだろ」
わたしに向き直ると、「すまない」と言って頭を下げた。
「い、いえ。そんな」
顔を上げてください、と言う前に、森崎さんは低く呻く。
「それから、もうひとつ」
テーブルに置かれた機械を手に取って、ボタンを操作する。ちいさな液晶画面が青白く光る。
「小野田がはじめてこの家に来たとき以来、これをずっとセットしてたんだ」
長い指が、ためらうように機械をテーブルに置く。
「記憶が飛ぶっていうのは、本当に恐ろしいな」
かたっとマイクを入れたときのような音がして、ちいさな機械からサアアとノイズのような音が流れ出した。
「まさか……ICレコーダー、ですか?」
声が、ふるえた。
「間違えて酒を飲んだりして、小野田に変なことをしてないか。ずっと確かめてた」
朝ベッドの下に設置したそれを、帰宅してから確認し、何も録れていないことに毎日安堵していたのだと、森崎さんはつぶやいた。
「あの日までは」