じゃあなんでキスしたんですか?
森崎さんの黒い髪は、ワックスをつけていないのか、会社にいるときよりもラフな感じだ。
柔らかそうなその髪に触れたい衝動をこらえながら、わたしはきっぱりと答えた。
「お断りします」
森崎さんが顔を上げる。驚いたように、切れ長の目を見開いている。
「いらないです。……責任なら」
「小野田」
「森崎さんは、会社の部下と付き合うなんて、本意じゃないんでしょう? わたしきっと顔に出ちゃいますし」
「ちがう、小野田」
「公私混同するなって言ってる森崎さんが、わたしと付き合うわけにはいかないですもんね」
「そうじゃないんだ」
森崎さんの声がどこか必死で、わたしもつい感情が高ぶってしまう。
もしかすると、わたしは意識の底でずっと根に持っていたのかもしれない。
忘れてくれ、と言われたあの日から。
「森崎さんに迷惑をかけたくないんです。どうかわたしのことは忘れてください」