じゃあなんでキスしたんですか?
彼の顔が歪む。わたしは心配をかけまいと微笑んだ。
「森崎さんには、会社で守りたいものがあるんでしょう?」
それは上司としての立場かもしれないし、威厳かもしれない。
関係を持った女側から考えたら、ずいぶん自分勝手な理屈に思えなくもない。
それでも、まだ入社して二年目のわたしが、森崎さんが大事に守ってきたものを壊すわけにはいかない。
「じゃあわたし、帰りま」
立ち上がろうとした瞬間、両肩をきつくつかまれた。
「ちがう!」
聞いたことのないひび割れた声が、リビングに響き渡る。
「守りたいのは君だ!」
「え……?」
切れ長の目を苦しそうに歪めて、森崎さんはわたしを腕の中に閉じ込めた。