じゃあなんでキスしたんですか?
足早に喫煙ルームの扉を開けた桐谷さんは、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出したところで、壁際に立っていたわたしに気が付いた。
「なんだ、またおまえか」
嫌そうに薄い唇を引き延ばし、煙草をくわえて火をつける。
これまで身近に喫煙する男性がいなかったせいか、首をのばして紫煙を吐き出す姿がなんとなく色っぽくて、妙に心臓がさわぐ。
きめ細やかな肌にすこし疲れの色をのせて、桐谷統吾はわたしを遠くに見るように目をすがめた。
「なに、おまえも吸うの? そうは見えないけど」
「いえ、わたしはあの、桐谷さんにお願いがあって」
彼に近づき、手にしていた資料を渡そうとすると、形のいい眉がぴくりと動いた。
「だから、何度も言ってるだろ。俺は忙しいんだよ」
「はい。でも一服するあいだだけでいいんで、お時間ください」
両手でうやうやしく資料を差し出すと、彼は何かを考えるように長い時間をかけて煙を吐き出した。
それからわたしが掲げていた用紙を取り上げる。
パワーポイントでつくってきたそれを手早くめくり、桐谷統吾は何度か煙草を吸う仕草を繰り返した。