じゃあなんでキスしたんですか?
*
すっかり冷めてしまった紅茶を口に含む。
ロールケーキはふたつとも手を付けられないまま、テーブルの上で所在なく食べられるのを待っていた。
髪が下りているせいでいつもよりほんの少し若く見える森崎さんは、もしかすると会社では役職名に負けないよう、自分を奮い立たせていたのかもしれない。
彼の弱さを一瞬垣間見たわたしは、おこがましくもそんなことを考えていた。
森崎さんには昔、二つ年上の、仲のいい女の先輩がいた。
ぽつりぽつりと話し始めた彼の言葉を聞きながら、いつか桐谷さんから聞いた話を思い出した。
外商部に在籍していたころ、指導役をしていた女の先輩と、とても仲が良かったのだと。
「彼女は上司と付き合ってたんだ」
驚いているわたしにうなずきかけて、森崎さんは続ける。
「ふたりは社内で私的な会話をせず、仕事は仕事だときちんと割り切って交際していた」
「え、でも森崎さんはその女性が好きだったんじゃないんですか?」
わたしが口をはさむと、彼は驚いたように首を振った。