じゃあなんでキスしたんですか?
「いや。確かに仲は良かったが、姉貴みたいな感じで、そういう気持ちはなかった」
わたしの目をまっすぐ見つめて、彼は言う。
「彼女たちは周りに秘密にしていたが、誰が見てもおかしくないくらい健全な付き合いをしていたよ。当時の俺には、なぜ関係を隠すのかが分からなかった」
ところがある日、ふたりの関係が社内にバレた。
社内恋愛が禁止されているわけではないから、ふたりがきちんと仕事をしている限り、問題は起きないはずだった。
そこまで言って、森崎さんはきれいに伸びていた背中をわずかに丸めた。
わたしたちの会社は、就業規則でプライベートなことまでは触れていない。
だから実質、社内で誰と誰が付き合おうと、常識の範囲内なら許されるのだ。実際、わたしが知らないだけで、社内には何組も恋人同士がいるはずだった。
それなのに。
「彼女は職場で孤立するようになった」
低い声が、胸に絡みつく。
「アシスタントの女性たちが主立って、彼女を無視するようになった。陰口を広めたり、頼んだ仕事をやらなかったり、必要な情報を伝えなかったり」
「……いじめ、ですか」
森崎さんは答えず、あきらめたように首を振る。