じゃあなんでキスしたんですか?
「彼女は優秀な人間だった。自分の力で営業成績を伸ばしたのに、付き合っている上司の評価が甘いからだとか、色目を使っただとか、散々いわれのない中傷を受けてな」
外商部で男性顔負けの仕事をしてきた彼女だからこそ、女性たちの妬みは余計に深まったのではないだろうか。
森崎さんは言わないけれど、同僚の男性でも面白くないと思っていた人間がいるかもしれない。
「最終的に、彼女は仕事を辞めたよ」
優秀だった女性エースは会社を去り、そして森崎さんの胸に、傷を残した。
「本当に、楽しそうに仕事をするひとだったんだ。俺にいろんなことを教えてくれて、会社の未来を嬉しそうに語ってた。一介の外商部員が何言ってんだって俺は笑ったけど、彼女の夢は壮大だった」
遠くを見るように呟いて、それきり口をつぐむ。
大切な先輩が会社を辞めてから、森崎さんは社内恋愛を嫌うようになった。女性につけこまれないように厳しく接し、顔からは表情を消した。
それはまるで、自分のからだから心を遠ざけるような行為だ。
何にも気持ちを揺さぶられないように、まるで機械みたいに過ごすために、森崎さんは感情を自分の中に閉じ込めた。