じゃあなんでキスしたんですか?
「それなのに俺は、君を指名してしまった」
切れ長の目が、つらそうにわたしを見る。
「最初はただ、チャンスをやるだけのつもりだったんだ」
面接のときに『たのしい会社にしたい』と豪語していたわたしに、社内報制作の仕事は打ってつけだった。
「小野田はいつも一生懸命で、物事をどんどん吸収していった。楽しそうに仕事をする姿を見ていたら……」
いつの間にか、目でわたしを追うようになったと、ちいさくつぶやいた。
「俺は恐かったんだ」
床に目を落としたまま、彼がぽつりと言う。
「小野田が俺と関係を持つことで、彼女みたいに不幸になるんじゃないかって」
「森崎さん……」
整然としたリビングに、重い沈黙が垂れこめる。
わたしが森崎さんと付き合うことで、ほかの社員たちからバッシングを受けるんじゃないかと、彼は心配していたのだ。
だからわたしを突き放そうとした。
「不幸……だったんですかね」
毛足の長い絨毯の表面を撫でながら、ふと思う。
「その彼女は会社を辞めて、その上司のひととも別れちゃったんですか?」
はっとしたようにわたしを見て、森崎さんは首を振る。