じゃあなんでキスしたんですか?
「いや……」
「彼に支えてもらって新しい道を選択したっていうふうな考えはダメですか? 彼女は今、不幸なんでしょうか」
「いや……いまは、幸せなはずだよ」
「だったら、いいじゃないですか」
「え……?」
切れ長の目が不思議そうにわたしを見る。
森崎さんが気持ちを押し殺してまで守りたかったのが、わたし自身だと言ってくれるのなら。
身を引く理由なんて、最初からなかった。
「わたし、耐えます。森崎さんに会社でどんなに冷たくされても、全力で仕事しますから」
「小野田……」
「その代わり会社を離れたら、全力で、甘えていいですか?」
伸びてきた手に、ふわりと抱きしめられる。
わたしの顔に頬を寄せながら、森崎さんはささやいた。
「会社には秘密。それでもいいか?」
「いいです。思い切り冷たくしてください」
まるでマゾヒストみたいなセリフに、森崎さんがちいさく笑う。
「もしバレたとしても、いい仕事をして、文句を言わせなければいいか」
「はい、全力で働きます! 社畜の勢いで」
「社畜って」と苦笑し、ごつごつと節のある指でわたしの髪を撫でる。