じゃあなんでキスしたんですか?

 
振り返ると、総務部長の篠沢さんが小走りでかけてくる。大きなおなかがぽよぽよと揺れて、なんだか大きな風船が弾んでくるみたいだ。

「そんなに急いでどちらに行かれるんですか?」
 
思わず笑みを浮かべながら尋ねると、彼もやさしく笑った。 

「いやいや、君の後ろ姿が見えたからね」

「え?」
 
篠沢部長は笑うとなくなってしまう目を左右に動かし、あたりの様子をうかがった。
 
つられるようにしてきょろきょろ見回すけれど、わたしたちのほかには誰もいない。

「あの、わたしに何か」

「森崎くんから聞いたよ」
 
声をひそめて、篠沢部長が言う。

「彼とイイ仲なんでしょう」
 
目を丸めているわたしを見て、彼はこめかみをかいた。

「あ、イイ仲なんて言い回しは古かったかな」

「いえ、あの」
 
言葉に詰まっているわたしに篠沢部長はやさしい笑みを見せる。

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