じゃあなんでキスしたんですか?


「彼のことはよくわかってるつもりなんだ。君がパートナーになってくれるなら、とても心強いよ」
 
財布を胸に抱いたまま、わたしは口をぱくぱくさせてしまった。篠沢部長は訳知り顔で、私の肩をぽんと叩く。

「社内で男女交際をするなら、信頼できる上司に報告すること。そう彼に教えたのは僕なんだ」

「え……」

「一応、社内恋愛の先輩としてね」
 
篠沢部長は照れたように頭をかくと、わたしに笑いかけた。

「なにか困ったことがあったら遠慮なく言ってくれるといい。できる限りフォローするから」

「あ……ありがとうございます」
 
話をのみこめないまま、わたしは頭を下げた。
 
篠沢部長は「じゃ、引き留めて悪かったね」と手を振ってエレベーターのボタンを押した。
 
その白髪が混じり始めた横顔を見つめる。亀のような昇降機はじれったいほどゆっくりと階数ランプの数字を刻んでいく。
 
はっとした。まさか。

「篠沢部長」
 
声をかけると、彼は穏やかな顔で振り向いた。

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