じゃあなんでキスしたんですか?
「なんだい」
「部長の、奥さんって……」
到着したエレベーターが、音を立てて口を開く。それに乗り込みながら、篠沢部長は笑った。
「僕の家内はね、以前、この会社の外商部にいたんだよ」
笑顔の余韻を残して、エレベーターは扉を閉める。
おもいがけない符合に、胸が熱くなった。
ホールを照らす蛍光灯が光度を増したみたいに、視界が明るくなる。
なぜだか意味もなく笑い転げたい気分だった。
仕事を辞めても、今、彼女は幸せなのだ。
篠沢部長の包容力がありそうなまるいお腹を思い出す。
社内で二十歳近く年の離れた女性をゲットした彼の、幸せそうなあの顔。
ごくちいさな塵まで一掃されて、心がクリアになっていく。
明るく照らされた未来に胸を躍らせながら、わたしは階段の扉を開いた。