じゃあなんでキスしたんですか?



「桐谷さんが店舗マネージャーをされていたときの北長塚店の売上げは、全国的にも群を抜いてました」
 
わたしが簡単にまとめた企画書には、桐谷統吾の店舗マネージャー時代の実績と、社内報の意義が書かれている。

「わたしみたいに現場経験をしたことがない人間はもちろん、売り上げを伸ばそうと四苦八苦してるほかの店舗の人間に、桐谷さんが使った魔法を見せてほしいんです」

「魔法、ね」と言って、外商部のエースは資料に落としたままの目を細めた。

彼の指先から伸びる不定形の白い雲が、腰の高さまである吸煙機にあっというまに吸い込まれていく。

「これは桐谷さんにしか話せないことです。桐谷さんじゃないとダメなんです。お願いします」
 
ダメ押しの低頭をした瞬間、「ふっ」と空気が崩れる音がした。

「さっきの今で、たいした成長じゃん」
 
ばさっと企画書をわたしに返した彼の口元には、うっすら笑みが浮かんでいる。
どこか皮肉めいた、不健全な笑い方に息を呑んだ。
 
もしや、これがドSな男が使うらしい“不敵な笑み”というやつではないだろうか。

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