じゃあなんでキスしたんですか?


 *
 
 
会社に一基しかないエレベーターは狭いうえに動きが遅く、のろまな亀に運ばれているみたいでイライラする、という人もいる。
 
七階に到着したエレベーターに乗り込むと、後ろから男性が駆けてきて、わたしのとなりに飛び込んだ。

「おつかれさまです」

「ああ」
 
わたしの挨拶にぶっきらぼうな返事をして、森崎さんは扉の上の階数表示に目をやった。
 
エレベーターはのろのろと動き出し、ゆっくりとした動作で下っていく。

「亀も悪くないかもな」

「え?」
 
視界がかげり、気が付くと唇が触れあっていた。
 
唇の心地よさと、誰かに見られるんじゃないかという焦りに、頭が真っ白になる。
 
ぽーんと音を立てて、エレベーターが三階で停車する。
 
そのまえに森崎さんはわたしから離れて、何食わぬ顔で壁際に立っていた。
 
エレベーターを待っていたサポート部の先輩が、森崎さんに会釈をし、わたしに気が付いて手を上げる。

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