じゃあなんでキスしたんですか?




住宅の塀に覆われた道幅の狭い通りを、欠けた月がぼんやり見下ろしている。

最寄り駅から徒歩十五分の道のりは、学生の頃ならいざ知らず、一日中働いてきた身体にはこたえる距離だ。

おまけに今日履いているパンプスは足に馴染んでいない。昼頃からくるぶしの下にわだかまっていた違和感は今、はっきりとした痛みに変わっている。

「もっと駅近に住みたいなぁ。むしろ会社の近くに引っ越したい」
 
そうは思っても女子大の寮を出てから住み始めた1LDKはとても居心地が良くて、重い腰はなかなか上がらない。

それに、引っ越しはわたしの一存では決められないのだ。
 

一年間で少しずつ自分色に染めていったわたしの城は、築二十年で外観がタイル張りの二階建てアパートだ。

階段を上ると同じ形のドアが等間隔に三つ並ぶ。その一番手前のドアに鍵を差し込んでいつものように玄関を開いた。

「ただいまぁ」
 
扉を開けた瞬間、目に飛び込んだ光景に硬直する。

奥のリビングを塞ぐように三和土(たたき)に並び立った男女が、身体を密着させて唇を重ねていた。

「な……」
 
背伸びをして男の太い首に白い腕を回していた彼女が、大きな黒目を横に動かし、わたしに気づいてふわっと破願した。

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