じゃあなんでキスしたんですか?
「今日はねぇ、ミヤちゃんの好きなホタルイカの酢味噌和えだよぉ」
三歳下のマイ――小野田舞――は一年前にわたしがこのアパートに住むようになってすぐに転がり込んできた、都内の大学に通う三年生だ。
それまでは実家から二時間かけて新幹線で通学していたのだけれど、さすがに限界を迎えたらしく、一人暮らしを心配する両親に「お姉ちゃんのところなら」と許可をもらってやってきたのだ。
ふたりで1LDKはすこし手狭だけれど、わたしとしてはマイが料理をしてくれるから助かるのも事実だ。
「そういえば、パンプスどうだった?」
十畳ほどのリビングダイニングに入ると、妹が思い出したように振り返る。
わたしは桐谷統吾の顔を思い浮かべながら、無理やり口角を上げた。
「ああ、うん。評判よかったよ。ちょっと靴ずれしちゃったけど」
「でっしょー? あれ可愛いもん。明日も履いてきなよー」
わたしが今日履いていったエナメルブラックのパンプスは、マイの私物だ。
広報課のおしゃれな大橋先輩の話をしたら「ミヤちゃんも履いていきなよ」と親切心で貸してくれたのだ。
「うん、でも靴擦れ治るまではやめとこうかな」
キッチンで鍋の蓋を取り上げる妹に声をかけながら自分の部屋に向かおうとして、わたしは足を止めた。