じゃあなんでキスしたんですか?
銀行員のお父さんと元国語教師のお母さんという、どちらかといえば厳しい両親の遺伝子を同じように受け継いでいるはずなのに、マイは何故かとてもふわふわしている。
「ねえねえ、美味しい?」
わたしが食事する様子を目をきらきらさせながら見ている妹は、素直だし可愛いし、料理だってとてもうまい。
でも、わたしの留守中に男を連れ込んだうえに、口ではとても言えないような行為に及ぶなんて言語道断だ。
ここは姉として、ひとつ、びしっと言ってやらねばならない。
わたしはお父さんの厳格な表情を真似して黙りこくったまま、箸の先でぷるぷる震える赤紫色のホタルイカを口の中に放り込んだ。
そして口をついて出た言葉は。
「ああ、沁みるぅ! 今日のもすっごく美味しいよ!」
味噌の風味と酢のすっきりした味わいが、疲れた身体をほぐしていく。
ちいさなイカを噛みしめているわたしに、マイは得意げに目配せをした。
「でしょぉ! ビールも冷えてるよぉ」
「わお! さっすがマイちゃん! できる子!」
そこまで言ってはっとした。
しまった、妹にばっちり胃袋をつかまれてどうする!
「うほん、いいから、そこ座んなさい」
咳払いをすると、立ち上がりかけていたマイが目をまたたいた。
「なあに」
ショートパンツから伸びた陶器のような細い脚をたたんで、傍らに正座する。
わたしは威厳を取り戻すようにゆっくりと背筋を伸ばし、箸を置いた。