じゃあなんでキスしたんですか?


* * * *

どこか懐かしさを感じさせる春の匂いが、人ごみの隙間をゆるりとすり抜けていく。
 
翻るワンピースの裾を押さえながら時間ぴったりに待ち合わせの場所へ行くと、乙女の夢を具現化したエース様は、柔らかな午後の日差しを受けて白い歯を輝かせていた。

わたしにではなく、見ず知らずの女性ふたりに対して。
 
声をかけていいものかどうか立ち止まって数秒悩んでいると、彼の方がわたしに気づき、女性たちに眩しい笑顔を向けた。

「悪いけど、連れが来たから」
 
後腐れのない爽やかさを残してこちらに近づいてきた彼が、不意に浮かべていた笑みを消し去る。

「おい、おせえよ」

「え、でも午後一時ぴったり……」
 
エースの豹変ぶりに戸惑いながら腕時計に目を落とすと、不機嫌そうな声が聞こえた。

「ばか、社会人は五分前行動が基本だろうが」
 
言い方には刺があるけれど、至極真っ当なことを言われている気がする。

「すみません」と素直に謝ってから、わたしは彼の背後をこっそりうかがった。
 
さきほどまで桐谷さんと話をしていたふたり組の女性が、険のある表情でじっとこちらを見ている。

『なに、あの女。彼とどういう関係よ。全然釣り合ってないじゃない』というような心の声が容赦なくわたしに突き刺さる。

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