じゃあなんでキスしたんですか?
「……約束の時間なのに、ナンパしてるほうもどうかと」
女性たちの貫くような目線から逃れて顔を上げると、桐谷さんは口端を思い切り歪めた。
「ナンパ? 冗談。あっちから声かけてきたんだよ」
「そのわりにはものすごく笑顔振りまいてたように見えましたよ」
「当然だろ。どこでどう人脈が繋がるかわかんねーんだから」
歩き出しながら、彼は当然のように胸を張る。
「今の女たちが取引先の社員だったり、社長や役員の娘だっていう可能性もなくはないからな。媚はできるだけ売っとくんだよ。減るもんじゃねぇし」
「わたしには売らないんですか?」
はじめから愛想笑いひとつしなかった彼に、抗議の意味も含めて尋ねると、桐谷さんは皮肉っぽい笑みを見せた。
「おまえに売っても何の得にもならない」
「ひ、ひどい」
ふん、と鼻で笑うといきなりわたしの腕を掴んだ。
「ほら、さっさと行くぞ」
全身が鼓動して、わたしはとっさに彼を振り払う。
「さ、触らないでくださいっ」
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。