じゃあなんでキスしたんですか?

 
そこは待ち合わせの駅から一番近い、有名百貨店だった。
 
年季の入った九階建ての巨大なビルには、“母の日にありがとうをつたえよう”と書かれた柔らかな色合いの垂れ幕がかかっている。

「ここって……」

「ほら、さっさと歩け」
 
わたしから手を離し、桐谷さんは開け放たれた入口をくぐっていく。あわてて後を追った。
 
会社のものとは比較にならないくらい、早くてきれいで快適なエレベーターに乗って七階で降りると、見慣れた色調に出迎えられる。
 
大地をイメージさせるやさしいブラウンと、絵の具を重ねたような様々なグリーン、それから春の空を思わせる淡いブルー。
 
店内にあふれかえる自然の色合いに、身体が勝手に高揚する。

「ふん、盛況じゃん」
 
人で賑わう店内を見回し、満足なんだか不満なんだかわからない口調で言うと、桐谷さんは商品が並んだラックのあいだをゆっくりと歩き出した。
 
店の中央では、エスカレーターが空気を運ぶように動き続けていて、その脇のどっしりとした柱に、アースカラーでお店のロゴが描かれている。


“ブルースマート”
 

見飽きるほど毎日目にしているはずのロゴを、たかぶった気持ちで見つめていると、すぐそばの棚で作業をしていた若い男性がこちらに気づいて駆け寄ってきた。

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