じゃあなんでキスしたんですか?
「桐谷マネージャー!」
モスグリーンの作業エプロンのポケットに、たくさんのペンを刺した彼は、今にも飛びつきそうな勢いで桐谷さんの正面に立った。
目を輝かせ、まるでアイドル歌手を目の前にしたかのように頬を染めている。
そんな彼に、エースは面倒そうに言った。
「俺はもうマネージャーじゃねえよ」
「あ、そうでした」
桐谷さんの偉そうな態度にも臆せず、彼は嬉しそうだ。
もしかしてマゾヒストなのかな、と思いながら、わたしはブルースマート北長塚店のフロアを見渡した。
そう。このお店は、去年まで桐谷さんがマネージャーとして総括していた店舗なのだ。
売り場のあちこちで仕事をしている従業員が、ちらちらとエースに視線をよこしつつ、接客やそれぞれの作業に勤しんでいる。
従業員全員が飲食店のスタッフみたいに白シャツに黒いスラックスを合わせていて、清潔感のあるモスグリーンのエプロンを腰に巻きつけていた。
桐谷さんもこのエプロンをつけていたのかな、と考えていると、彼が店内を見回してつぶやいた。
「イベント、やるのか」
「はい、そうなんです」
エースの言葉を待っていたかのように、マゾヒストの彼が一気に顔をほころばせる。