じゃあなんでキスしたんですか?


「母の日とGWを合体させたイベントをやろうと思って。去年桐谷さんがやったときみたいに、お客様参加型のものにしようと思ってるんです」

「へえ」

「去年は大成功でしたよね! 今年もあれくらいの来場者を見込めるように準備してて」

「去年と同じでいいのか」
 
つまらなそうな顔のエースに、マゾヒストくんは顔を上気させた。

「いえ! 去年以上に、です!」
 
いたく興奮した様子で熱い眼差しを向ける彼に、桐谷さんは冷たく言う。

「そうか。つーかそろそろ持ち場に戻れよ」

「はいっ」と元気な返事を残してマゾヒストな彼は棚のあいだを駆け抜けていった。
 
ふと、桐谷さんが振り返る。

「どうだ」

「え?」
 
きょとんとするわたしを見下ろして、彼は意地悪そうに片目を細める。

「見せてほしかったんだろ?」
 

桐谷さんが通りかかると従業員たちはみんな声をかけてきた。
マゾヒストくんみたいに極端に喜びを見せたりはしないけれど、嬉しそうに今の状況を報告している。
 
さらりと挨拶程度に話を済ませて店内をまわる彼のあとを追いながら、自分でも意外な言葉が思い浮かんだ。
 
この人、腹黒でいろいろ台無しなのに、もしかして慕われてる……?

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