じゃあなんでキスしたんですか?
エナメルブラックのパンプスはかかとが三センチで低いけれど、安定の悪いピンヒールだ。
わたしは落下の衝撃ですこしだけ捲れてしまったスカートを直しながら「すみません」と言って、まじまじと見つめられている足をこっそり隠すために正座した。
「ったく、どうせ潰されるんなら巨乳がよかったわ」
聞き捨てならないつぶやきを耳が拾う。けれど今のわたしに憤る資格はないと空気を読んで、耐え忍んだ。
眉間にしわを寄せた彼が、首を回しながら立ち上がる。
黒目がちの大きな目がわたしを見下ろし、憎々しげに細まった。
「この俺の顔に傷でもついたら、どう責任取ってくれるつもりだったんだよ。ええ?」
ジャケットとパンツについたほこりを払いながら「ったくよ」とつぶやく彼は、チンピラめいた言葉を発するけれど、確かに顔のパーツはバランスよく整っている。
定規でぴしっと引いたような鼻や、艶のある形のいい唇には、どこか中性的な美しささえ秘めていた。