じゃあなんでキスしたんですか?
森崎課長って、どのあたりに住んでるんだろう。
エレベーターのボタンを押して、一階からゆっくりと数字を増やしていく階数ランプを眺める。
さっきまでびっくりするくらい高鳴っていた胸は、いまは落ち着きを通り越してどこか重い。
森崎さんと途中まで一緒に帰れるかもしれないという淡い期待をあっけなく砕かれて、人知れずため息がこぼれた。
「――て、ちょっと待って。期待って……?」
自分の思考に戸惑っていると、左手の壁にはめ込まれた非常階段の扉が勢いよく開かれた。
脇に置かれた観葉植物の倒れそうな勢いに泡を食っていると、現れた人物と目があった。
「お、いいところに」
ウエストラインがしぼられたグレーのスーツを見事に着こなしたエースが、薄い唇を引き伸ばしてにやりと笑う。
「仕事終わりだろ? デートしようぜ」
「桐谷さん、おつかれさまです」
それだけ言ってふたたびエレベーターのランプに視線を戻すと、横から頭をわしづかみにされた。
「おまえに言ってんだよ、ミヤコ」
「きゃーっ」
耳元をくすぐった吐息に背筋が震える。
「名前呼び捨てにしな――いた、痛いですって」
わたしの頭をつかんだ桐谷統吾の右手が、ぎりぎりと力をこめる。
「無視すっからだろ」
手を離し、彼はまた笑みを浮かべた。
「というわけで、飲み行くぞ」