じゃあなんでキスしたんですか?


「な、なんでわたしが」
 
ぐちゃぐちゃにされた髪を直していると、彼がずいとからだを寄せてきた。
隆起した鼻の先が触れそうな距離にあわてて後ずさる。 

「俺のこと、知りたがってただろ」

「そ、それはインタビューのためで」

「ああ、社内報、今日発行されてたな」
 
じりじりと間合いを詰めてくるエースとの距離を保つように後退していると、背中がエレベーターのドアに触れた。

「編集室での初仕事だったんだろ? なかなかいい出来だったし俺がおごってやるって言ってんだよ」

「だから、なんで――」
 
ぽーん、という能天気な音が降ったと思ったら、背後の扉が口を開けた。支えを失ったからだが、そのまま後ろに傾ぐ。

「ひゃっ」

「あ、ばか」
 
視界が、天井をすべる。
 
伸ばされた桐谷さんの手をつかむことができず、わたしはエレベーターのなかに倒れ込んだ。
 
思ったよりも少ない衝撃に目を開けて、息をのむ。

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