じゃあなんでキスしたんですか?


「とりあえずビールください。あともつ煮込みとさつま揚げ、それから葉唐辛子の佃煮」

「しぶっ。新人女子ならもっと大根サラダとかポテトサラダとかマカロニサラダとか頼んだらどうなんだよ」

「サラダしか頼んじゃいけないんですか……?」
 
運ばれてきた飲み物を掲げて両側の二人とちいさく乾杯をしてから、きめ細やかな泡に唇をつける。

「んーんまい」
 
からだに蓄積した一日の疲れが、しゅわっとほぐれる瞬間だ。

「どこまでもおっさんくせぇな」
 
眉根を寄せる右のエースを、アルコールですこしだけ気が大きくなったわたしは思い切ってにらみつけた。

「ていうかわたし、新人じゃありませんから。ね、森崎さん」
 
ひとり静かにもつ煮を咀嚼していた森崎さんが、無表情のままこちらを見る。

「ああ、まあ、二年目だからな」

「はあ? おまえ二年目なの?」

「そうですよ。だいたい今、新人は研修期間じゃないですか」
 
新入社員は今の時期、朝から夕方まで会社とは別の研修会場でビジネスマナーや販売の基礎を叩きこまれているのだ。
だから本社ビルで見かけることなんてまずない。

「へえ、そうだったんか。おまえがあまりにも頼りねぇからてっきり」

「ひど」
 
左どなりから「ぶっ」と吹きだす声が聞こえる。

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