じゃあなんでキスしたんですか?
「森崎さん、いま笑いました!?」
頬をふくらますと、課長は血管の浮き出たこぶしで口元を隠しながら「いや」と答えた。
会社から離れたせいか、オフィスにいるときの緊張感が薄れて、すこしだけ話しやすい。
「うそ、今絶対吹きだしましたよね」
「ぎゃーぎゃーうるせえなぁほんと」
桐谷さんがカウンターの奥に立てかけられたラミネート加工のおすすめ料理メニューを拾い上げ、ちらと視線をよこす。
「おまえさては末っ子だろ? もしくはひとりっ子」
「どういう意味ですかそれ!」
「落ち着きねぇし、騒がしいし、危なっかしいし」
自分の性格を見事に言い当てられ、言葉に詰まる。
でも彼は肝心な部分を誤解していた。
的外れの予測に、得意な気持ちがこみあげる。
「残念、わたしこう見えてもお姉ちゃんなんです」
「は、おまえが?」
ウソだろとでも言うように顔をゆがめた桐谷さんのリアクションは予想の範囲内だったけれど、反対側の席に細長いからだをあずけた課長の言葉は思いがけなかった。
「ああ、そんな感じするな」
シャープな顔立ちのわりに厚みのある唇が、ゆるやかに弧を描く。
森崎さんのすっきりした頬にかわいらしいえくぼが浮かんで、胃のうえのあたりがきゅっと縮まった。