じゃあなんでキスしたんですか?
すれ違った女性を確実に振り向かせそうな完璧な顔立ちで、長身とはいえないまでもそこそこの背丈があって、細身のパンツをすっきりと穿きこなすほど足が長く、おまけに仕事もできるという桐谷統吾は、どこからどう見ても乙女の夢を体現化した王子様だ。
ただし、口を開くとすべてが台無しになる。
「俺の時間がほしいなら、もうちょっといろいろ成長してから来い」
わたしの全身を眺め回すと、面倒そうに片眉を上げて、
「わかったか、新人!」
そう言って桐谷さんは放り出してあったフェリージのビジネスバッグを拾い、早足で階段を下りていく。
「な……」
汚れたリノリウムの床に座り込んだまま、わたしは駆けていくスーツの背中を見送った。
まるでアップテンポな曲を奏でるように一定のリズムを刻みながら、彼の足音は階下へと深く潜っていった。