じゃあなんでキスしたんですか?


「あの、お二人の家って近いんですか?」

「一ノ橋だから、先に俺たちが降りて、そこから小野田の駅までは二十分くらいだろ」

「俺たち?」

「ああ」と森崎さんは思い出したように答える。

「実は桐谷とは同じマンションに住んでんだ」
 
あまりの衝撃に後ろを振り向いた。
  
シートベルトで固定されたまま、タクシーの揺れに合わせ前後左右にぐらぐら揺れている桐谷さんのとなりで、森崎課長はため息をつく。

「こいつは七階で俺は十二階。あ、人に言うなよ? 桐谷も俺も面倒はきらいだから、お互い見て見ぬふりしてるしな」
 
同じマンションに住んでることを知らなかったというふたりは、ゴミ出しのときにたまたま顔を合わせてひどく驚いたらしい。

「そうなんですか!」
 
モデルのような外見と声の甘さに定評のある森崎さんだけど、会社ではほとんど無表情だし、私生活は謎に包まれている。
 
そんな彼の秘密をひとつ知っただけで、なんだか居てもたってもいられないくらい、心がむずむずとくすぐったかった。

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