じゃあなんでキスしたんですか?
せまい会議室を満たすように、ぎりぎりのところで張り巡らされていた緊張の糸が、わたしの声で一斉に緩まった。
まるで授業終了のチャイムが鳴った高校生みたいに、編集部員たちはおしゃべりをしながらドアを出ていく。
つるつるの白いボードに書き込まれた自分の文字を消しながら、教師ってこんな気持ちなのかなと思っていると、背後から声をかけられた。
「すごいじゃない小野田ちゃん。もういっぱしの編集者みたい」
振り返ると、人がいなくなった部屋の中で、ひとりだけ席についてわたしを見上げている女性がいた。
長い髪を一つに束ねた清楚な感じのメガネ美女は、去年までわたしに仕事を教えてくれていた三階フロアの園田先輩だ。
サポート部の編集部員が突然会議に来られなくなったため、代理として彼女がやってきたのだ。
「ベテラン社員もいるのに、ちゃんとしきってて驚いちゃった」
「まだまだですよ。みんな好きなように脱線するから、無駄に長くなっちゃうんですよね」
毎月行われる編集会議の司会進行も、わたしの大事な仕事だ。
各部長から選任された編集部員たちとともに、次回の社内報に載せる内容を検討していくのだけど、若輩者のわたしが司会をしているせいか、いまいち会議が締まらない。