じゃあなんでキスしたんですか?
「久々に見たけど森崎さんやっぱり色っぽかったわぁ。足組む仕草ひとつでどれだけフェロモン垂れ流してるのって感じね」
園田先輩は森崎課長の低音ボイスを『エロい声』と評した本人だ。
わたしが苦笑を漏らすと、彼女は広げた手帳を閉じてゆっくり立ち上がった。
「あの余裕たっぷりの無表情が崩れる瞬間を拝んでみたいものだわね。どう? 一緒に仕事してて、やっぱりやりにくい?」
「そんなことないですよ。何を考えてるのか分かりにくい部分はあるけど、やさしいですし」
「えーほんと? 森崎さんて仕事に厳しいって有名じゃない。声は甘いのに、性格は辛口だって」
「え、そうなんですか」
編集室に異動になってから合計三月分、社内報を発行してきたけれど、細かい注意は何度か受けたものの、はっきりと叱られた記憶はない。
辛口といわれるほどのきつさを目の当たりにしていないからか、森崎さんが厳しいと言われても、イメージが全然湧かない。
「なんでも公私混同をすっごく嫌うんだって。だから飲み会も会社主催の納涼祭と忘年会以外はほぼ参加しないって」
相槌も打てなかった。