じゃあなんでキスしたんですか?



「小野田、何やってんだ」
 
はっとして顔を上げると四階のフロアから背の高い男性が乗り込んでくるところだった。

左手に大量の資料を抱え、右手に缶コーヒーを持っている彼はボタンパネルを一瞥し、わたしの横に並び立つ。

「森崎課長! おつかれさまです。会議だったんですか?」

「ああ」
 
ぶっきらぼうに答えたあと、横目でちらりとわたしを見下ろす。

課長と呼ばれるにはまだ若い彼の切れ長の目はいつも涼しげで、モデルのような風貌は女性社員から人気がある。

それなのに、森崎課長は桐谷統吾とは別の意味でまったく愛想笑いをしない。

「なにかあったのか?」

「へっ?」
 
空気を震わせるような重低音が響く。
傍らから落ちた声に落ち着かない気分になっていると、課長は缶コーヒーを持ったままわたしのスカートを指差した。

「汚れてるぞ」

「え? あ、ほんとだ」
 
アプリコット色のスカートはほこりを払ってきたつもりだったけれど、お尻の部分にこすったような汚れがついていた。

「うわークリーニング、出さなきゃだめかなぁ」
 
森崎課長が無表情のまこちらを見ていることに気づき、わたしは苦笑を浮かべた。

「実はさっき、階段からダイブしちゃいまして」

「ダイブ?」
 
切れ長の目が驚いたように広がって、わたしは慌てて手を振った。
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