じゃあなんでキスしたんですか?



「あ、いえ、外商部の桐谷さんに助けてもらったので、怪我とかはないんですけど」
 
課長は表情を変えずにしばらくわたしを見つめると、エレベーターの階数表示に目を移した。

「桐谷といえば来月のインタビュイーだな」
 
思い出したように言われ、ため息がこぼれる。

「それが、忙しいって断られて、まだ了承してもらえてないんです」
 
桐谷統吾の無駄に整った顔を思い出すと、右手が勝手に震える。

「おまけに新人と間違われるし」
 
悔しがっているわたしに視線を戻した森崎課長が、ほんの少しだけ目元を緩めたような気がした。 
普段ほとんど崩れない表情にちいさな変化が生まれただけで、なんだかひどく新鮮だ。
 

森崎課長は百八十センチを超えていそうな長身だけれど、スリムな体型だから狭いエレベーターのなかでも圧迫感はない。

大きな身体に反響させるように紡ぐ声は、地を這うように低く、おまけにどこか色っぽさが漂っていて、女性社員のなかには森崎課長のファンを公言する人までいた。
 
仕事に真面目で硬派な雰囲気を漂わせる彼の『エロい声』に耳元で囁かれたい、と社員食堂で女の先輩がのたまっていたことがある。

その先輩いわく、顔だけで見るなら桐谷統吾のほうが整っているけれど、森崎課長には男の色気を感じさせる独特のフェロモンがあるのだそうだ。
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