じゃあなんでキスしたんですか?
店員さんが呼んでくれたタクシーが着く頃には森崎課長はぼんやりと意識を取り戻していた。
お店の前のブロックに腰掛けていた彼を立たせ、タクシーの後部座席に誘導する。
となりに乗り込み、運転手に行き先を告げる。
マンションの場所なら覚えている。
森崎さんはわたしにシートベルトを留められると、脱力したように座席にもたれた。
起きてからずっと目がうつろで、一言もしゃべらない。
夜の道をゆっくりと滑り出した車内で、わたしは財布の中身を確認した。
給料日前で財布はがりがりに痩せている。でもここから森崎さんのマンションまでくらいなら、なんとか間に合いそうだ。
「森崎さんの家から一番近い駅って」
となりを振り返って、声を呑んだ。
切れ長の目が、じっとこちらを見ている。あんまりまっすぐに見つめられて、頬が火照る。
「あ、あの」
わたしに向けられていた顔が、ふわりと緩む。
なんの屈託もない、まるで子供みたいな微笑みに、心臓が止まりそうになった。
酔っ払ってるから?
会社では絶対に見ることのできないやさしい表情はとんでもなく眩しくて、息が苦しいくらいだ。
「番号、交換しよう」
ポケットまさぐると、森崎さんはケータイを取り出して、わたしに差し出した。
思わず受け取ってから、彼の言葉を頭の中で繰り返す。