じゃあなんでキスしたんですか?
番号って、まさかケータイの?
「え、あの」
渡された端末と森崎課長を見比べながら困惑してるわたしに、彼はひたすらにこにこと笑いかける。
プライベートな電話だけど、上司と部下が番号を交換してても別におかしなことじゃないのかな。
微笑みに後押しされるようにしてわたしはケータイを取り出し、森崎さんと自分のそれぞれに、互いの番号とメールアドレスを登録した。
「はい」と返すと、彼はまた嬉しそうに笑う。
そうやって口元を引き上げると、薄い頬にちいさなえくぼが浮かんだ。
六つも年上の男性にこんなことを思うのは失礼なのかもしれないけれど、課長は酔っ払うとなんだかとてもかわいい。
見覚えのあるマンションの前でタクシーが止まる。
支払いを済ませて降りると、わたしは課長を見上げた。
「あの、着きましたけど、大丈夫ですか? 部屋まで帰れます?」
長身の背が少々丸まっていることを除けば、立ち姿は普段と変わらない。
相変わらずぼうっとしているけれど、わたしと目が合えば笑ってくれるし、きちんと二本の足で立っている。
「あの、じゃあ、おやすみなさい」
森崎さんはしばらくわたしを見つめ、やがてこくりとうなずいた。
長い脚を踏み出して、おしゃれなマンションのエントランスに向かってふらふらと歩いていく。