好きになっちゃダメなのに。

どうしたの、と訊ねる前に、ふいに速水くんの視線が私に向く。

上から見下ろされるように注がれる視線はいつもと変わらないはずなのに、どうしてか自分から目が逸らすことができなかった。


「……」

速水くんが何も言わないから、理由のわからない沈黙が訪れて。

向けられた視線の理由もわからないから、私はどうしたらいいのかわからなくて、だけど目を逸らそうとしてもできなくて。


「え、っと」

口にしたその場しのぎでしかない意味のない声は、HRが始まる直前の誰もいない廊下には、嫌に大きく自分の耳に返ってきた。


私のことを確かに見ているはずなのに。

私がこれ以上ないくらい困った顔をしていることにだって気付いているはずなのに。


なのに、速水くんはしばらく何も言わず、私のことを逃がしてはくれない。


居心地が悪いのに、今すぐここから逃げ出したいと思うのに、自分から動くことができないのはどうして。


速水くんは私のことを見ているけど、それは決して威圧感を感じる視線ではないのに、どうして捕らわれたような感覚になるんだろう。

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