私の師匠は沖田総司です【上】
間違いない。これは師匠の記憶だ。

私は今、師匠の記憶を師匠の体を使って見ている。

おそらくこれは、新選組文学師範兼参謀に任命される伊東甲子太郎が入隊して、しばらくしてからの記憶。

伊東甲子太郎が入隊した後、山南さんは新選組を脱走する。

その捕縛には師匠が向かったんだ。

この記憶はまさに、師匠が山南さんを捕縛する場面のもの。

『総司はあまり酒を飲みませんよね。頼んでお茶を持ってこさせましょうか?』

『いいえ、今日は頂きます』

師匠と山南さんが互いの御猪口に酒を注ぐ。

そして軽く持ち上げた後、師匠はそれを一気に喉に嚥下した。

山南さんは運ばれた料理を食べ始めるけど、師匠は料理を食べず、空になった御猪口を持っている。

『山南さん……』

『はい』

山南さんはさっきと変わらない笑みを浮かべながら、返事をしました。

師匠は手にある御猪口に力を込めながら、声を絞り出すように

『なぜ……、もっと遠くに逃げてくれなかったんですか』

と、言った。

師匠の言葉に、山南さんの顔から笑顔がなくなる。

『時間はありました!もっと遠くに逃げられたでしょう!?』

『……そうですね。逃げようと思えば、もっと遠くに逃げられました。でも、私は初めから、脱走を成功させるつもりはありませんでした』

『なら、なぜ脱走なんか……。脱走をしたら、局注法度違反で切腹をしなければならないんですよ!』

『分かっています。だから私はそれを承知のうえで脱走をしたんです。そして総司が私を捕まえに来ることも分かっていた』
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