僕の幸せは、星をめぐるように。

その悲痛な姿は、スローモーションのように映っていた。


阿部くんはわたしの逆、左側を見たまま。

窓の外、遠くなっていくその女性の姿を見つめている。


彼を追いかけるその表情。


わたしは、かつて国語の時間に習った、故事成語『断腸』のお話を思い出した。


子どもの猿が舟で連れ去られてしまい、お母さんの猿が泣き声をあげながら必死にそれを追いかける。

お母さん猿は懸命にその舟に飛び乗ることまではできたけど、そこで息絶えてしまう。

その亡くなった母猿のはらわたは、何とずたずたになっていた、というやつ。


新幹線はホームから出て、スピードを上げていく。


ビル街だった景色はどんどん流れていき、

窓の外にはいつの間にか田園風景が広がっていた。


阿部くんは、そのまま無言で景色を眺めていた。


「……せーちゃん?」


「ん?」


声をかけると、彼はいつもの優しい顔でわたしを見る。


「どしたの?」


「なんでもないよ。おれもラスク食べたい」


うそつき。

なんでもないわけないじゃん。


「ううん。お土産で買ったものだし、やっぱり家まで我慢する」


そう言い捨てて、わたしはぷいっと彼の逆側を向いた。


一体、わたしは何に対して苛立ちを感じているのだろう。


阿部くんが、窓の外のその女性を見つめ続けていたこと?

今、阿部くんが何の動揺も見せずに、いつも通りわたしに接してくれていること?

それとも、

さっき改札前で、わたしが急いで手をつないで話しかけて、阿部くんがその女性を見ないように仕向けたこと?


大好きだった先生との再会のチャンスを、わたしが奪ったのだ。


そして、あんなに必死になって彼を追いかけてきた先生。

彼女の思いも断ち切ってしまったのだ。


だって阿部くんは今、わたしと付き合っている。

わたしだけを見てほしい。


でも、いいの?

100%そうとは思えない自分がいた。



むしろ、そう思う自分に嫌悪感を覚えた。



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