南柯と胡蝶の夢物語
黙ってしまった穂月の代わりに、紗良里はぽつりと呟いた。

「……ごめんなさい」

それはとてもとても悲しげな呟きで。

「ごめん、こっちこそ……大声出して」
「ううん。まだ私、時々わかんなくなっちゃうみたい。今はいつで私は何なのか。……幼稚園児も小学生も中学生もとっても楽しかった。けど、そうだったわ、もう私はあの頃には戻れないのよね。ポチも戻って来ないのね」
「紗良里……」
「この腕も脚も、生えては来ないのね」

穂月の喉から、う、という声にならない息が漏れた。

「……お願い、紗良里。お願いだから顔を見せて。ちゃんと、もう一度謝りたいの。私、あれから紗良里の顔を見てない」
「……でも、穂月。何度も言うけど」
「あれが私のせいじゃなかったらなんだって言うの⁉︎私が、あんたを……、あんたの人生を奪ったんだから」
「穂月はなにも悪くないし、半年も前の話だわ」
「十分最近じゃない……そもそも何十年経とうとあんたは歩けない」
「そんなの今更だもの。もともと私に人生なんてない。ねえ、私もそれなら言いたいことがあるのよ」
「なによ」
「穂月が穂月を許せないように、私は自分とアイツが許せない」
「……それは」
「ね、アイツのせいよ」

白い塊は動きを止めて、くぐもった声で何度も呟いた。
まるで、自分に言い聞かせているかのように。

「アイツが私を産んだせいだわ」
「そんなこと言うもんじゃない」
「なんで私なんて産んだのかしら。信じられない、何を思って?きっと私達には一生分からないわ」

すうっと息を吸うと、紗良里は今までで一番無機質な声を出した。

「化け物を産んだ廃人の気持ちなんてね」
「化け物……なんて」

つい数時間ほど前に会った悪魔を自称した人物にも同じ言葉を浴びせたことを思い出して、穂月はなにも言えなくなってしまった。
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