南柯と胡蝶の夢物語

穂月は家路を辿りながらため息をついた。
結局今日も紗良里は姿を見せてはくれなかったし、途中で声を荒げてしまったし。
おまけにあの不法侵入者に、出掛けるから消えろと言ったら明日また来るなどと言われてしまった。
だいたい取り引きとは何のことなのだろう。
よく小説や漫画の世界で出てくる『命の取り引き』というのは、大抵殺し合いだとかそういう、物騒な話だ。
まさか自分にそれをやれと言うわけでもあるまいし。
そもそもあの神とか悪魔を自称した奴は、そういう闘いに向いてそうでなかったし。

「何が『名前なんて不便なもの』なんだか。頭を整理するつもりがあいつのせいで逆にこんがらがりそう」

独り言と同時に、穂月は彼(もしくは彼女)を便宜上悪魔と呼ぶ、と頭の中のノートに書き足して整理を続けた。

それにしても、と思うのだ。
穂月は、あんなものを呼んだ覚えはもちろんない。
自殺したいとまではいかないが、死んだらどうなるんだろうとか死んでもいいやなどという考えは常々持って生きてきた。
紗良里の右腕と右脚を失わせてしまった事故から、更にその想いが強くなったというのも事実だったが、紗良里に対して罪を償うとしたら死ぬことよりも、身寄りの無い彼女の側に居続けるべきであるのではないかとも思ってしまい、特に行動に移すようなこともしていない。
まあ、そんなものは逃げなのかもしれないが。
実際自分に死ぬ気があるのかは分からない。
しかしそれにしたって、事故からはもう半年経っている。
どうしても今更感が拭えなかった。
あの悪魔は何故今になって自分の所に来たのか。
何故事故のことを知り、何故自分が死にたいと思っている心を知っている?

「神様は全知全能ってことですかね」

だとしたら、気持ちの悪い話だった。

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