南柯と胡蝶の夢物語

「オトナにはなりたくないわね」

いつからだっただろうか、穂月は濁花の子どもが収容された施設によく訪れて濁花の子供達と仲良くしていた。
そのなかでも紗良里は特に穂月と仲が良かったのだが、その穂月に何度もそんなことを言った気がする。

「いつまでも子供じゃいられないでしょ」
「大人になるのは楽しみなのよ」

折り紙に『大人』と書きながら一生懸命に説明したのはいつだっただろうか。
その下に『オトナ』と書いて、紗良里は声を潜めた。

「これは、ここの人たち」
「ここの人って、施設の先生達?」
「そうよ、あいつらよ。私たちを道具みたいに、バイキンみたいに扱う子どもみたいなオトナよ」
「飯田先生も?」
「やだ、先生は違うの。先生はお医者さまだから、わたしとても尊敬しているのよ」
「施設の人、みんな優しそうに見えるんだけどな」

首を傾げてみせる穂月に、幼い紗良里はぶんぶんと首を振って見せる。
舌足らずな口調のままに、その顔に似合わない程冷たい空気を孕んで言葉を吐いた。

「お外ではにこにこしちゃってるだけよ。いいことしてますってお外に言いたいから、ほっちゃんみたいにお客さんが来るとわたしたちは自由になれるの。けがしないようにってここに閉じ込められてるわたしたちには本当に楽しいことなんだから。でも、ほっちゃんが帰ったらまた絨毯を作らなきゃいけないのよ」
「じゅうたん?」
「こういう、子供の手が細かいところまで作業できて便利なんだって。細かい刺繍をするの。何びゃくまん円とかで売れるんだって」
「何びゃくまん!お金持ちだね、さらりは」
「オトナはね。私達のお給料は、これとか」

折り紙をひらつかせる。

「あとはご飯と住む場所をくれること」
「……それだけ?何びゃくまん円の絨毯を毎日……」
「10時間。ほっちゃんが来ると一時間くらい少なくなるけれど。面会時間一時間なんだよね?」
「面会時間なんてへんだなって思ったらそういう事か」
「こんなところに来るの、ほっちゃんくらいだしなあ。明日も来てね。みんなほっちゃんが来てくれるから生きていけてるのよ」
「私でいいならいくらでも。また外の物をなにか持ってくるから」
「本当?楽しみにしてるわ!」

紗良里にとっての世界は施設の中だけだった。
怪我をしないようにというのは、何も彼女らを心配しているのではない。
花を咲かせないようにしてる。それだけであり、そこに愛情などは微塵もなかった。
濁花の子ども達はみんな、愛に飢えているというのに。
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