南柯と胡蝶の夢物語
1,酔生夢死
1,酔生夢死
踏み切りが閉まる音がした。
カン、カン、カンというどこかにありそうなのに特徴的ですぐにそれと分かる音だ。
その音がするたびに彼女は身を縮こまらせる。
と言ってもそれは、周りで同じように待ってる人には分からないほど小さな金縛りであるのだが、彼女の心臓はきゅうと締め付けられて肺のふくろは小さく縮み、筋肉の繊維はぎゅっと固まってしまうのだ。
「だめ、いかないで」
泡ごとのような言葉が零れるが、それは彼女自身も含め誰の耳にも届いてはいなかった。
チカチカと光る赤いランプを夢見心地で見ながら、まるで線路に言い訳をするかのような響きを持って、待って、だとか行かないで、だとかがとりとめもなく流れ続ける。
しかしそれは、段々声帯を震わせるほどの勢いも無くなり、いたずらに息が漏れだすようになってしまった。
毎日毎日、夕焼けを背景にして彼女は怨嗟のようで言い訳でもあるあわごとをこの線路の前で呟く。
この、高校と家とを繋ぐ通学路にはこの踏みはどうしたって通るのだから、学校帰りなんかは、そんなことが多い。
朝や夜だったり曇っていたりして夕焼けが出ていない時や、踏み切りが開いている時には何事もないのが不思議なところだ。
永遠に続くとでも言うようなその掠れた呟きも、踏み切りの鳴らす鐘が止み、右の方から近づいてどんどん大きくなる列車のガタンゴトンという音に、はっというような息を吸い込む音と共に消えてなくなる。
列車の音は少女にとって踏み切りの音と反対の作用を起こすようで、急に意識を覚醒させた。
ぼっとしていたようなほんの何十秒前とはうってかわって、イヤホンから流していた曲を変えようと端末をいじり始める姿は、既に雑踏の中だらけたように佇むそこらの高校生となんら変わりはない。
乾いて切れた唇をそっと舐めながら、ふうとだけ息を吐いた。