南柯と胡蝶の夢物語
5,怪力乱神
5,怪力乱神
これは、紗良里がまだ小学生だった頃の話だ。
紗良里は少し落ち込みながら、施設の仕事場でちくちく、ちくちくと針で糸を縫い付けていた。
穂月は親戚の家に行くとかで、三日はここに来れないという。
たった三日だというのに、とても寂しかったのだ。
施設のみんなもがっかりして、いつもよりちょっぴり多くオトナ達に怒られていた。
味気ない白いワンピースを着て、今日もまた印通りに巨大な分厚いカーペットに複雑な刺繍を縫い付ける。
これをノルマの時間までに終わらせることが出来たら、絵本を一冊貸してもらえるということもあって、紗良里はせっせと硬い布地に針を押し込んでいた。
話し相手も近くにいないので、紗良里は手を動かしながら頭の中でテレビをつける。
テレビなんてもう何年も見ていないのに、これだけはいつやってもうまくいくのだ。
頭の中のテレビは、いつでも紗良里好きなものが見えた。
――妖精さんが見たいな。
――綺麗な、青い翼を持った妖精さんなの。
――何故って、青い鳥は幸せを運んでくるらしいから。
――でも、鳥さんじゃ紗良里をここから出すのは難しそうだし。
――妖精さんなら、なんとかしれくれそうだわ。
頭の中のテレビでは、青い翼を持った妖精が紗良里の手を取って、羽ばたきながら建物の壁をすり抜けて外の世界に連れ出してくれるところだった。
いつの間にかに紗良里にも白い翼が生えていて、二人で一緒になって青い空を飛ぶのだ。
下を見れば、穂月の話に出てきたキリンが首をぐっと伸ばして雲をむしゃむしゃと食べている。
その雲と向こうの雲を繋ぐようにして虹の橋も掛かっていた。
ひまわりという花はこっちを向いてにっこりと笑いかけてきて、赤く光る太陽はめらめらと炎のように燃えている。
綺麗な景色だった。
建物はパステルカラーに塗られて、至る所からカラフルな風船が飛んでいく。
どこからか青い鳥が飛んできて、紗良里の周りを取り囲んだ。
今まで聴いたこともないような心地の良いさえずりで紗良里の心を癒していく。
その鳥があまりに愛おしくて、思わず手を伸ばしたその瞬間に背中に叩かれたような鋭い痛みがほとばしった。
「また濁花の症状かい?いい加減にしな、甘えるんじゃないよ。アンタが一番最後だよ」
振り向くとそこには木の棒を手に持ったオトナがいた。
威圧的に紗良里を睨んでからやれやれという風に皮肉に満ちたため息を吐く。
「ごめんなさい」
紗良里は機械的に返事をしてぺこりと小さな頭を下げると、再び刺繍を始めた。
いつの間にかに天井近くに設置された窓が照らす光は赤くなり始めていた。
もう頭の中のテレビも電源が落とされていて、青い鳥のさえずりも聴こえない。
ノルマ時間が過ぎたどころか、このままいくと夕飯の時間にさえあぶれてしまう。
紗良里は慌てて刺繍に没頭した。
これは、紗良里がまだ小学生だった頃の話だ。
紗良里は少し落ち込みながら、施設の仕事場でちくちく、ちくちくと針で糸を縫い付けていた。
穂月は親戚の家に行くとかで、三日はここに来れないという。
たった三日だというのに、とても寂しかったのだ。
施設のみんなもがっかりして、いつもよりちょっぴり多くオトナ達に怒られていた。
味気ない白いワンピースを着て、今日もまた印通りに巨大な分厚いカーペットに複雑な刺繍を縫い付ける。
これをノルマの時間までに終わらせることが出来たら、絵本を一冊貸してもらえるということもあって、紗良里はせっせと硬い布地に針を押し込んでいた。
話し相手も近くにいないので、紗良里は手を動かしながら頭の中でテレビをつける。
テレビなんてもう何年も見ていないのに、これだけはいつやってもうまくいくのだ。
頭の中のテレビは、いつでも紗良里好きなものが見えた。
――妖精さんが見たいな。
――綺麗な、青い翼を持った妖精さんなの。
――何故って、青い鳥は幸せを運んでくるらしいから。
――でも、鳥さんじゃ紗良里をここから出すのは難しそうだし。
――妖精さんなら、なんとかしれくれそうだわ。
頭の中のテレビでは、青い翼を持った妖精が紗良里の手を取って、羽ばたきながら建物の壁をすり抜けて外の世界に連れ出してくれるところだった。
いつの間にかに紗良里にも白い翼が生えていて、二人で一緒になって青い空を飛ぶのだ。
下を見れば、穂月の話に出てきたキリンが首をぐっと伸ばして雲をむしゃむしゃと食べている。
その雲と向こうの雲を繋ぐようにして虹の橋も掛かっていた。
ひまわりという花はこっちを向いてにっこりと笑いかけてきて、赤く光る太陽はめらめらと炎のように燃えている。
綺麗な景色だった。
建物はパステルカラーに塗られて、至る所からカラフルな風船が飛んでいく。
どこからか青い鳥が飛んできて、紗良里の周りを取り囲んだ。
今まで聴いたこともないような心地の良いさえずりで紗良里の心を癒していく。
その鳥があまりに愛おしくて、思わず手を伸ばしたその瞬間に背中に叩かれたような鋭い痛みがほとばしった。
「また濁花の症状かい?いい加減にしな、甘えるんじゃないよ。アンタが一番最後だよ」
振り向くとそこには木の棒を手に持ったオトナがいた。
威圧的に紗良里を睨んでからやれやれという風に皮肉に満ちたため息を吐く。
「ごめんなさい」
紗良里は機械的に返事をしてぺこりと小さな頭を下げると、再び刺繍を始めた。
いつの間にかに天井近くに設置された窓が照らす光は赤くなり始めていた。
もう頭の中のテレビも電源が落とされていて、青い鳥のさえずりも聴こえない。
ノルマ時間が過ぎたどころか、このままいくと夕飯の時間にさえあぶれてしまう。
紗良里は慌てて刺繍に没頭した。