南柯と胡蝶の夢物語
「あなたは……命の妖精さんだったの?」
まだ幼さの残る口調で呆然と話しかける紗良里に、その妖精は面白そうに言ったものだ。
「命の妖精?なんですかそれ、面白いですね。初めて言われたな。私は私以外の何者でもありませんので、ご勝手にどうぞ」
「また、私をどこかに連れて行ってくれるの?」
「……なんの話?」
眉を寄せながら首を捻る妖精を見て、紗良里ははっとした。
――ああ、そうよね。昼間の妖精さんとは違うんだわ。
――あれは頭の中の妖精さんだけど、ここにいるのはそうじゃないもの。
慌ててなにか取り繕うように口を開くが、そんな紗良里よりも先にその妖精は促すように言った。
「私は命の取り引きをしに来ただけですよ。それ以外に人間に興味は無いし。ほら、何か依頼はありません?私に頼めば、その花の命を抜くことも、自殺することも、逆に寿命を延ばすこともできるけど」
「妖精さんはなんで、そんなことをするの?」
紗良里のその質問は、ただ単に疑問だった。
今まで頭の中のテレビでしか見たこともない妖精に会えて、嬉しかったというのもあるのだと思う。
「なんでって?それが私の使命ですから。私は、命ってものを扱う存在でね。というのは、同時に私がそれを持っていないってことなんだけど」
「妖精さんは、命を持ってないの?」
「ええ」
「……ひどいのね」
妖精には一体何がひどいのかさっぱり分からなかったが、所詮は子どもの言うことだと聞き流した。
いや、聞き流そうとしたのだ。
なのになぜか、目の前少女の瞳はどんどん潤んでいき、涙が溜まり始めたではないか。
自分の姿に怖がったのかとも思ったが、それにしては今更過ぎる。
混乱し始める妖精の頭に、楓の若葉ほどの大きさの手のひらが乗った。
その頭に乗った子どもの手というのは、びっくりするほど柔らかくて暖かかった。
「……何故泣くんだ?」
「わかんない……わかんないけど、悲しくなるの。……妖精さんは、とても冷たい身体をしているのね。妖精さんは、死んじゃってるの?」
「生きてないのは確からしいが、そもそも死ぬって概念もないですから」
「がいねんって、なに?」
「……私は、生きても死んでもないってことさ」
「それって、とても寂しいことね」
「寂しいだなんて、何故そんなことを考えるんだい?」
妖精にはまったく理解出来なかった。
この子どもは何を言い出すのかとも思った。
当てが外れたと、このまま姿を消すのも良かったが何故だかそれも躊躇われて、もう少しこの少女の話を聞こうと目線を合わせる。
えっくえっくと息を詰まらせながらまだ泣く紗良里は、それでも話を続けた。
「私、命はね、みんなにおんなじだけ渡されるものだと、そう思ってたの。命をもらえない人がいるだなんて、知らなかったのよ。命はね、命は、とっても素敵なものなのよ」
「だけど、命ってものは時間に限りがあるんです。あまりに儚すぎるしね」
「妖精さんは、これまでも、これからもずっと生きていなきゃいけないの……?」
「もちろん。普通はそういうものです」
「なんのために、生きてるの?」
「なんのためにって」
「ずっと、お仕事をし続けるの?」