南柯と胡蝶の夢物語
そんなことを今まで考えたこともなかった妖精は、どうしたものかと頭を巡らせた。
命を効率良く回すことは、自分の存在が生まれた時からの使命であるし、特に考えもせずに今まで何億何兆と依頼をひたすら達成してきている。
楽しくないと言ったら嘘になる。
命ある下等動物の願いを叶えつつ彼らのかけがえのない命というのを扱うのは、確かに快感と言って違わなかった。
「そうだよ……」
気がつけば妖精は無意識にそれを口にしていた。
「なんで私が哀れに思われなきゃいけないんです?私は好きでやってるんですよ。そう、この仕事は楽しいんです。あなたが心配しているようなことは何も無い」
妖精は大きく笑いながら脚を組んで、心の中でなおも続けた。
自分は命ある生き物とは違う。
ずっと存在していられる。
ずっとこの世界を楽しんでいられる。
偉そうに手を差し伸べてやることだって、惨めな命を救ってやることだってできる。
楽しくないと言ったら嘘になる?
違う、そんなもんじゃないさ。
楽しいんだ。とても、とても楽しい。
「本当に、楽しいの?」
「ああ、あなたが心配するまでもなく楽しいですよ。無用な心配です」
「そう……」
少し考えるような素振りをする紗良里を、その水流のような髪を持った人影は面白そうに眺めた。
妖精はすっかり、この少女との会話が面白くなってしまったのだった。
この少女は、自分が考えもしなかった突飛なことを質問してくる。
それが楽しくて、生まれて久しく自分の使命を忘れて彼女との会話に没頭した。
「妖精さんはいつ生まれたの?」
「妖精さんは、何を食べているの?」
「妖精さんは、何をしている時が一番幸せ?」
「妖精さんは、勉強は得意なの?」
そんな質問に、妖精と呼ばれる存在はすらすらと、或いは考えこみながら答えるのだ。
「この世が出来た時さ」
「生きていないのだから食べものも必要ないんですよ」
「一番もなにも、私は命を扱う仕事しかしたことがない」
「勉強なんてものは、人間みたいな生き物しかしませんよ。私が勉強して、何になるって言うんだ?」
話しながら妖精は、何故だか段々寂しいような感覚に襲われた。
食べることも寝ることも、勉強することも運動することも、人間は当たり前にするのに自分はしたことがない。
自分はというと、ただ命の取り引きを続けているだけなのだ。
分かりきっていたことを再確認すると、なんとなくだが、悲しくなってくる気がした。