南柯と胡蝶の夢物語
それからだいぶ話したところで、急に紗良里が意を決したように真剣な表情になって妖精に話しかけた。
「妖精さん、私ね、どうしても消したい命があるの」
「もしかして、濁花のこと?」
「正解」
十中八九その依頼だろうということは、ここに来た時から妖精にも予想はできていた。
しかし、妖精は悪戯心にいいのかい、と笑った。
「でも、命はとても大切なものなんじゃなかったんですか?そんなに簡単に消すなんて言って、そんなことでいいの?」
「だめなんだと思う……でもね、この子達は人間の勝手で、しかも望まれずに作られた、間違った子達なの。望まれない間違った命ってね、その子自身が一番辛いのよ」
自分を重ね合わせながら、紗良里は悲しそうに語る。
来る日も来る日も自分の中に宿る植物のことを考えていた紗良里は、濁花についてはそこらの大人よりもしっかりとした自分の意見を持っていた。
しかし、妖精はその意見をなおも意地悪に笑う。
「つまり、なんだ。濁花の為にって言ってるの?でも、あなたの濁花を抜いたところで、世界はなにも変わりませんよ」
「だから、私は濁花の絶滅をお願いしたいの。……濁花に罪はないんだけどね、私も濁花のせいで苦しいの。自分が人間なのか、そうでないのか分からなくなってしまうの。だから濁花を消しても紗良里でいられるか確かめてみたい。それってつまり、私のためなのかもしれないけれど」
「待って下さい、濁花の全滅だって?」
少女の台詞の一部をオウム返しに呟いた妖精は、頭を抱え込んで唸った。
「そんなの無理だ。そもそも私は命を移動することは出来ても、命を消滅させることは出来ないんですよ」
「なら、どうしたら命は消えちゃうの?」
「命そのものの寿命が尽きればいい。だけどそんなことをしていると、馬鹿な人間がまた濁花を繁殖させてしまうんだろう?……ああ、そうか。なら一つ考えがないこともありませんが」
何を思ったか、にやりと笑うと妖精はある意味で恐ろしい提案をつらつらと語り出した。
「例えば、この世に存在する全ての濁花の命を一人か二人の人間に押し付けて、その人間を世界から隔離すればいい。ただし、身体には容量に限りがあるんですよ。濁花の命はそんなに大きく無いんですが、それでもこの世全てを取り込むとなると、とてもじゃないが人間の命が入る余地が無くなる」
「つまり……どうなるの?」
「人間の命を抜くしかないですね。それでもって、空になった身体の方に濁花の命を詰め込む。そうしてその人間を、濁花の命が自然消滅するまで隔離すればまあ、絶滅すると思いますけど?」
そもそもその容器となる人間を用意するのは不可能でしょうけど、と冗談のように左手をひらひらさせる妖精に、紗良里はにっこりと笑った。
「じゃあ、決まりね。濁花がいない紗良里を確認することはできないけれど、そんなものは些細な問題だもの」