南柯と胡蝶の夢物語
妖精はよく、紗良里と初めて会話したあの日を思い出す。
初めて、人間と話してて楽しいと思えたし、初めて人間と対等に話せたとも思えた。
ある人は自分を崇め、ある人は自分を利用しようとし、ある人は馬鹿にし、ある人は自分に憧れた。
自分は人間より上だと自負しながら、自分を下と見る奴は当たり前に腹を立てたが上と見る奴らにもつまらなさを感じていた。

妖精は同種に会ったことがなかった。
命の無い者なら、それこそ本物の妖精だとか精霊だとか幽霊だとかがいる。
犬猫を専門とした『病』もいれば、植物の芽生えを手助けするような者もいる。
彼らとは言葉を使わないテレパシーのようなもので意思の疎通が出来るので、名前や言語は必要なかった。
しかし彼らと意思の疎通をする機会よりも、人間と話す機会の方が遙かに多いのだ。
言語は聞いて覚えたし、名前とはいなかいが名称はだいたいどこの人間も勝手に付けられた。
だから、時々自分は人間に近いのではないかとも思ってしまうのだ。
なのに人間は自分を自分として見てくれない。
見るのはこのヒト型のくせをして妙に人間離れした容姿と能力だ。
だからこそ、いつしか妖精は人間を嫌悪したが、自分の『命を取り引きする』という行為の仕事相手は圧倒的に人間が多かったし、命ある生き物の中で会話できるのも人間だけだった。
そもそも、犬や猫や魚や虫といった生物は命を取り引きする場面があまりない。
時々自種の絶滅を防ごうとして命の繰り越しの依頼があるが、それも人間の依頼数に比べたら遥かに少ない。
人間の依頼はたくさんある。
妊娠中絶をされそうな赤ん坊や自殺願望者が、自分の命を他の人に役立てたいと『命を抜く』依頼をする。
逆に、もっと長生きしたいだとか、不妊の夫婦が赤ん坊を望むだとかの『命を入れる』依頼も来る。
人間はそんな願望だらけだ。

だから、紗良里のところに来た時は彼女に宿る濁花の『命を抜く』依頼だとばかり思っていたのだ。
全世界の濁花の『命を入れる』依頼だと知った時、妖精は軽く困惑した。
そんなに自己犠牲が激しくてどうすると、あざ笑いもした。
しかしだんだん、彼女姿を見て笑えなくなってしまった。
そして、そんな彼女にだんだん――

< 28 / 67 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop